頭頸部外科

咽頭(上咽頭、中咽頭、下咽頭)がん

 咽頭は口腔と同じく、臓器ではなく管腔に対する人為的な名称である。胃とか肺とかの臓器とは全く異なる概念である。咽頭に含まれる臓器としては、中咽頭に属する口蓋扁桃ぐらいである。咽頭は、臨床上、上・中・下の三つの部位に分けられる。分類されるにはされるだけの理由があるわけで、三者ともそれぞれ特有の形態や、そこの発生した病態によりそれぞれ特有の症状を呈し、かつ治療方法も異なるからである。
 咽頭は空気や食物の経路であり、人間の生理機構を理解すると解剖学的関係がわかりやすい。鼻呼吸を前提にすると、鼻腔→中咽頭→喉頭→気管→肺の順に空気が流入し、酸素が取り入れられる。一方食塊は、経口摂取を前提にすると、口唇→口腔→中咽頭→下咽頭→食道→胃の順に進む。この経路で気がつかれたと思うが、中咽頭は気道と食物の道通り道=“広義の食道”を兼ね備えた部位である。解りやすく例えるならば、中咽頭はズボンの臀部に相当し、左右の両足に相当するのが、喉頭と下咽頭である。
 従ってこれらの部位に発生した悪性腫瘍の症状や治療を考える場合に、気道を中心にする症状であるか、“広義の食道”を中心とする症状であるか、気道と“広義の食道”の症状が混在したものであるかがある程度理解できると思う。

A)上咽頭がん

1)解剖学的部位
 一般には鼻の奥と突き当たりと考えて良い。口腔の突き当たりの上方部分であり、鼻呼吸の経路である。耳管の開口部であり、中耳と連結している部位でもある。上方は頭蓋底つながっており、12本存在する脳神経の経路とも近接した一に相当する。従って、底に占拠性の悪性腫瘍が発生すると、耳症状や脳神経症状が発現しやすくなる。
2)疫学
 上咽頭がんは、以前は中国人に多いといわれ、高濃度の喫煙や香と関係があると言われてきた。またEBウイルスも発症に関わりがあると言われている。以前は発祥に地域性があると言われていたが、近年は広く発生し、日本人にも多く発症している。高齢者にも若年者にも発症する。なお、上咽頭は、頸部、および中咽頭に次いで悪性リンパ腫の好発部位でもある。
3)症状
 初期の段階では、易出血性以外は無症状であるが、耳管開口部に影響が生じると、滲出性中耳炎を引き起こし聴力の低下を訴える。この時点で耳鼻咽喉科を受診する場合が多いが、一側性の聴力低下は自覚症状がもてない場合も多く、さらに進行して、頸部リンパ節転移による頸部腫瘤や脳神経症状(外転神経麻痺による複視)を主訴に受診する場合も少なくない。
 上咽頭がんの特徴の一つとして遠隔転移が多いことが挙げられる。骨転移や肺転移である。他の領域に発生した扁平上皮癌の場合には、遠隔転移が発生した場合には、予後が不良であるのに対して、上咽頭がんでは加療を重ねることにより、遠隔転移が発症しても、すぐに生命予後に影響しない場合も少なくない。
4)診断
 発生する腫瘍の病理組織像は扁平上皮癌が主体であるが、他の領域が分化型の扁平上皮癌が多いのに対して、上咽頭では低分化型の扁平上皮癌が多いのが特徴である。分化度が非常に悪くいわゆる未分化癌を呈する場合も多い。
 ファイバースコープの視診と生検で容易に診断が可能である。
5)治療
 放射線と化学療法を主体とする治療である。手術を追加する場合は、諸々の治療後に頸部リンパ節転移が消退しない場合にのみ行われることが多い。近年頭蓋底外科普及し、脳実質に浸潤していない場合には、手術の適応と判断される場合もある。

B)中咽頭がん

1)解剖学的部位
 一般の方には一番理解されにくい部位と思われる。開講すると舌が見えるが、舌は口腔の奥で下方に曲がる。この下方に降りた口腔からは見えない領域が舌根と言われ、中咽頭の前壁を構成している部分であり、中咽頭の前壁と呼ばれる。側壁は左右の扁桃腺の部位が中心となる。上壁は軟口蓋である。そして、後壁は口腔の突き当たりに相当する。壁ボブ分です。中咽頭はこのように四つ部位から構成されております。
 中咽頭を理解する上で重要なことは、中咽頭は、気道と食物の通り道でもある“広義の食道”、とを兼ね備え、かつ、下方には気道の続きとして、喉頭が存在し、“広義の食道”の続きとして下咽頭と連結していることである。口に含んだものが、“これが空気だ”、“これが食べ物だ”、人間は意識しないで嚥下できるのは、中咽頭で、気道と“食物の通り道”との交通整理がなされているからである。この分離機能には取り分け、中咽頭の前壁である“舌根”と側壁が深く関わっている。
2)疫学
 一般に、下咽頭がんと同様に飲酒量の多い方に発症し、高分化型の扁平上皮癌が多いが、低分化型の扁平上皮癌も発症し、その場合は、必ずしも飲酒とは関係なく発症する場合がある。悪性リンパ腫の好発部位でもあります。
3)症状
 発症した解剖学的部位により、症状は異なる。上壁や側壁の場合は、易出血症性や隆起性病変、あるいは疼痛や滲みる感じ、違和感を主訴に耳鼻咽喉科を受診する場合が多い。後壁や前壁は自分で見えにくい部位や観察が出来ない部位のため、進行した状態で受診される場合も少なくない。受診の動機は、痰に血が混じる、あるいは声が籠もる(hot potato speech)、あるいは頸部腫瘤、等である。頭頸部癌の臨床で、頸部リンパ節転移が先行するがその転移を引き起こした原発部位が判明しないため、“原発不明頚部癌”の診断名が付けられる場合があるが、その場合に原発が中咽頭であることが多いと言われている。
初期癌を見つけるのが難しい部位である。進行すると、側壁に発症した場合には開口障害が生じ、前壁に発症した場合には、誤嚥等が生じる。
4)診断
 触診と硬結部分の組織診断が最重要である。言っての大きさになると画像(CTやMRI))で占拠性部位を推察できるが、初期の段階では、生検する部位の選定には、取り分け前壁(舌根)の精査にはファイバースコープは不可欠である。
5)治療
 頸部リンパ節転移がなく、病巣が局所に留まっている場合には、放射線治療が第一選択となる。化学療法との併用が効果的である。舌根の場合には、抗癌剤の超選択的動脈注入法により奏功する場合も少なくない。頸部リンパ節転移が生じても、原発が制御できれば、頸部廓清術を追加することにより、ほぼこれまでと同様の生活を継続することは可能である。
 中咽頭がんの観血的治療で一番問題となるのは、術後に問題なく(誤嚥することなく)経口摂取が可能であるか否かである。上壁や側壁に原発した場合には、喉頭の温存出来る場合が多いが、後壁や前壁に発症した場合には、同時性、異時性を含めて、手術摘出後に安全に経口摂取する目的から、失声する可能性があることを理解する必要がある。人間は、誤嚥が連続して経口摂取しながら生きてゆけないのである。病院を離脱し、自分で経口的に栄養をるためには、誤嚥は許されないのである。失声については、喉頭癌の項目でも言及するが、音声は獲得することがある程度可能であり、安全に一定時間内に経口摂取出来ることが重視されるからである。

C)下咽頭がん

1)解剖学的部位
  喉頭の後方に位置し、食物の通過経路である。一般の方は“食道との違いは何であろうか?”、と思われるかもしれないが、両者の鑑別は、専門家でないと理解されにくいところである。
 食物の経路を考える場合に、人間の意志の力が働く場所はごく限られた部位だけなのです。口腔に取り入れた食塊を嚥下するときと排便するときの二カ所だけです。それ以外は、重力や蠕動で体内を通過するである。すなわち、下咽頭は自分の意志が働く下限界なのです。意志の力で、口腔・中咽頭の各組織と協調運動により、食塊を力強く食道に送り込んでいるのである。
 従って、下咽頭と食道とは解剖学的構造が全く異なるのである。下咽頭粘膜を動かしているのは、随意筋の骨格筋である輪状咽頭筋で、食道を形成しているのは、不随意の平滑筋である縦走筋である。“ゴクン!”と飲み込むことにより、輪状筋が収縮し、食道に食塊はが送られるのである。食道に入った食塊は重力で落下していく。輪状咽頭筋は、通常の状態でも収縮しおり、そのため、“げっぷ”をしても、頸部食道まで食物の逆流を認めても、口腔内にはめったに排出されないのである。もし、下咽頭収縮筋がなかったならば、すなわち、食道と同じ構造ならば、人間は逆立ちした場合に、噴門がゆるむと食物が直ちに口腔内に出てしまうことになる。輪状咽頭筋と縦走筋は、解剖学的構造が異なる。前者は血管野リンパ管が豊富であるのに対して、後者は比較的疎である。
下咽頭は、約束事により、三つの部位に分類される。梨状窩、後輪状部、および後壁である。
2)疫学
 下咽頭がんの発症は、比較的はっきりしている。第一には飲酒愛好家である。梨状窩や後壁原発の場合は、ほとんど強飲酒愛好家である。非飲酒家でも癌が発生する。その場合に、ほとんどの症例が貧血を長年患っている症例である。鉄欠乏性・低色素性・低球性貧血である。プランマー・ビンソン症候群とも関係があるといわれている。貧血に関係する下咽頭がんは発症部位に特徴があり、女性に多く、ほとんどが後輪状部原発である。
3)症状
 発症部位により多少異なるが、血痰や咽頭異和感、あるいは嚥下痛(耳性放散痛)を主訴に受診する。頚部リンパ節転移が多いのも特徴である。梨状窩原発の場合には、この梨状窩が左右にあるため、食物の通過障害は進行しないと発症しない。後輪状部原発では早期から食物の通過障害が生じる。後壁原発では、嚥下時に喉頭に唾液や食塊が流入しやすく、誤嚥や増大した痰を訴える場合が多い。喉頭に隣接しているため、進行すると反回神経麻痺による嗄声が生じる。よほど進行しないと気道狭窄は出現しない。環境発生にため、食道がんや胃がんの同時性あるいは異時性の重複癌が多いのも特徴である。
4)診断
 ファイバースコープによる腫瘍の観察と組織検査で診断が可能である。唾液が駐留し下咽頭の観察が難しくなるが、吸引器付きファイバーで診察が可能となる。
5)治療
 下咽頭がんは頚部リンパ節転移や遠隔転移が多く、頭頸部癌のうちでは予後不良の癌の一つであり、積極的な治療を重ねることが必要である。声帯運動の固定限が認められ、頸部リンパ節転移が生じている場合には、喉頭を合併切除する咽喉摘出術および両側頸部郭清術が行われる。必要に応じて術後に放射線治療や抗癌剤の投与も行う。咽喉摘出の場合には、食物の経路が消失するため頸部食道の再建が必要となる。遊離空腸移植や筋皮弁による再建術が広く行われている。
 初期の場合には、原発が放射線治療で制御可能な場合がある。下咽頭がんは、早期発見・早期治療が比較的難しい部位である。加療には音声温存の有無との絡みもあり、患者自身が病状や治療方法を十分に理解される必要がある。

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